アメリカの捕鯨船に救助され一○年後の嘉永四年に帰国するという数奇な生涯を送った土 佐の漁師・中浜万次郎ことジョン万次郎とされています。 彼が帰国し長崎奉行による取り調べを受けた際の資料に、万次郎の所持品に「白鹿 襟飾」が三個あったという記録が残っていますが、この「白鹿襟飾」とはネクタイの ことで、彼がアメリカ滞在中に買い求めたものでした。 一方、慶応三年(一八六七)に片山淳之助(福沢諭吉)が著した『西洋衣食住』で もネクタイは「子ツキタイ」として登場しています。 国産ネクタイが、輸入されたネクタイの甲古品を見本に帯地を用いて試作されるの は明治一八年頃のことですが、ネクタイというファッションは、既に江戸時併謄日本 に上陸していたわけです。